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ザ・モッズの始まりの地・福岡での特別な夜『THE MODS ILLEGAL EVENT 2026 “ONE TIME ROLL”』

  • FUKUOKA BEAT REVOLUTION
  • 2 時間前
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All Photo by 斉藤ユーリ
All Photo by 斉藤ユーリ

既に開催日、2026年6月21日(日)の翌日、22日(月)に「福岡BEAT革命」のFBページに掻い摘んだものを報告している。同記事は速報で、補足情報を盛り込み、続報を掲載すると“約束”した。事務所からライブ写真やセットリストなどを提供してもらったので、少し時間は掛かったが、改めて当日の模様を詳しく報告しておく。THE MODS(ザ・モッズ)は1981年6月21日、アルバム『FIGHT OR FLIGHT』、シングル「崩れ落ちる前に」でデビューしている。先々月、6月21日(日)にはモッズのデビュー45周年を祝う特別なイベント『THE MODS ILLEGAL EVENT 2026 “ONE TIME ROLL”』 が2020年に福岡市中央区大名にて誕生した“多目的エンターテインメントスペース”「UNITEDLAB」(地上3階建て。総床面積:約2,500平米。最大収容人数:1Fメインホール・スタンディング1200名)で開催された。


例年なら「約束の地」は“野音”(東京「日比谷野外大音楽堂」)になるが、今年は同所の建て替え、再整備のため、福岡の“ライブハウス”になった。“故郷”での開催は博多で始まった彼らの歴史や背景、軌跡を考えればモッズらしい“選択”だろう。代替地を福岡にするという“依怙贔屓”はかの地に住むものでなくても喝采を上げたくなるというものだ。



会場の「UNITEDLAB」は福岡市中央区大名にある。最寄り駅は天神、赤坂など、飛び切りの繁華街。かの警固神社も近い。警固中学は森山達也と山部YAMAZEN善次郎を生んでいる(山部は森山の1学年上だった)。その日、かの地にはモッズへの“敬愛と熱狂”のハリケーンが渦巻く。この日、リリースされたニュー・アルバム『REVOLVER45 』は「CRAZY HOT SUMMER ’79」という曲から始まるが、この日のライブは、まさに“CRAZY HOT SUMMER ’79”を2026年に追体験させるものだと言っていいだろう。




この日、16時を10分ほど過ぎ、ステージには“スカーフェイス”の盟友、THE COLTS、THE MACKSHOW のKozzy Iwakawa(岩川浩二)が登場。彼はモッズの45周年記念アルバム『REVOLVER45』のプロデューサーでもある。岩川はギターを抱え、“楽しいパーティーにしましょう”と、観客に語りかけ、モッズがデビュー前から演奏していた「熱いのを一発(HOT STUFF)」(1981年10月にリリースしたセカンド・アルバム『NEWS BEAT』収録)や1982年にリリースしたサード・アルバム『LOOK OUT』収録のナンバー「ONE BOY ( 俺達どこへ行こう… )」など、モッズのお馴染みのナンバー、そしてKOZZY IWAKAWA名義のアルバム『MIDNITE MELODIES』(2015年)に収録された「ワンパイントの夢」(同曲は「ワンパイントの夢 feat. 森山達也」というタイトルで森山がゲストヴォーカルとして参加)などを披露する。ちなみに「ワンパイントの夢」は岩川と森山が結成したバスキングユニット「THE GANG BUSKERS」で、2018年9月1日(土)と2日(日)に福岡県糸島市芥屋海水浴場で開催された野外フェスティバル『26th Sunset Live 2018』(彼らの登場は9月2日)に出演して、披露している。同曲には“もう一杯飲み干したなら One More Time もう一度表通りへ Never Say Die 遅すぎる事なんて何もない One More Pint 何度でも夢を見せてくれ”という歌詞がある。



岩川はモッズのメンバーがステージに登場するまで、会場を存分に温める。40分ほどの出演ながら暖機は充分。岩川がステージを去ると、ステージに向かって、モッズ・コールが鳴り響く。


10分後、17時5分過ぎにそんな興奮を煽るように暗転した会場にはお馴染み、『タクシードライバー』(1976年アメリカ映画・マーティン・スコセシ監督)の「Taxi Driver - God's Lonely Man (End Title)」が流れる。誰もがそれはモッズの登場曲であり、何度も心の高鳴りを覚えたのを身体が知っている。そして、ステージに現れた4人はアマチュア時代から散々、演奏してきたであろう、彼らにとっては定番といえる「Pipeline(パイプライン」を披露する。同曲 は、1962年に録音された、シャンテイズによるサーフ・ロック・ナンバー。日本ではベンチャーズのカヴァーが有名だが、当然、“テケテケ”ではない。モッズのファンには、かのジョニ―・サンダースのパンキッシュなヴァージョンが身体に浸み込んでいるはず。意外な選曲だが、アマチュア時代の彼らを彷彿させるものだろう。



同曲に続き、「SWITCHBLADE JACK」が披露される。『KOWLOON JUNK』(1999年)に収録されたナンバーだ。モッズは1999年、イギリスから中国へ返還される前後の香港で、かの地の若手クリエイターとコラボレーションしてアートワークを制作、同時にTDなども現地で敢行している。原点回帰的なロックンロールのエネルギーと返還前後の香港の猥雑さが入り混じる珠玉のナンバーを客席に放り込む。



そしてデビュー・アルバム『FIGHT OR FLIGHT』 (1981年6月)収録の「が・ま・ん・す・る・ん・だ」を続ける。


森山は“初めて故郷で開催するアニバーサリー・イベント。いつものモッズではなく、いつもとは違うモッズを見せる”と、観客へ告げる。そして“本当のモッズは秋・冬のツアー(「“THE MODS 45TH ANNIVERSARY LIVE "REVOLVER 45"」)で見せる”と、付け加えた。このライブは“リハビリ的なアコースティックライブ”だった「Premium Acoustic Tour 2026 "REV REHAB ENCORE"」や“立ちのモッズ”を解禁した「“THE MODS TOUR 2025 “BACKBEAT AGAIN”」でもない、この日限りの特別なものであることを強調した。



モッズの“血の一部分でもあるブルースやルーツミュージックへのリスペストをモッズ流儀にROLLした”と言う原点回帰的なアルバム『MOONSHINER』(2008年)に収録された「CRY FOR THE MOON」を披露する。




時代を行きつつ戻りつつ、自らの根っこを振り返り、掘り進めながら、時代と対峙する――そんな姿勢を貫くのがモッズだろう。そして、5曲目は狙いすましたように新作『REVOLVER45 』のオープニング に収録された新曲「 CRAZY HOT SUMMER ’79」を繰り出す。詳細は2024年11月に発売されたモッズのデビュー前、福岡時代を綴るエッセイ集『Hey! Two Punks The Mods : The Early Days 博多疾風編』(シンコーミュージック)に譲るが、1979年の“CRAZY HOT SUMMER”はある意味、このライブのテーマソングだろう。


同曲を終えると、デビュー前、アマチュアだった福岡時代を懐古(するというか、彷彿させる)かのようなカヴァー・ナンバーを雪崩のように畳みかける


“サッチモ”こと、ルイ・アームストロングの名唱で知られる永遠のスタンダード「 What a wonderful world」、エディ・コクランの「 C'mon Everybody」(セックス・ピストルズのサントラ『ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル』にはシド・ヴィシャスのヴォーカルで披露されている。この日は苣木が同曲のヴォーカルを務める)、ラモーンズが1977年5月にリリースしたシングル曲「 Sheena Is A Punk Rocker」(ヴォーカルは北里。シーナへの思いも込める)、そして1977年発表されたクラッシュのデビュー・アルバム『The Clash(白い暴動)』の最後を締めるナンバー「GARAGELAND」(同曲はモッズの1997年の“アコースティック・アルバム”『easy listening』からのシングル「Heavy so Heavy」にカップリングされた)などをカヴァーする。カヴァーと言えども、眩しいくらいに豪華なラインナップだろう。


カヴァーに続いて、2019年にリリースされたルーツロックを探求したビンテージ色濃い、7曲入りのミニアルバム『Rockin' Cabaret Blues』に収録された「WALK WITH ME」を披露する。改めてモッズが自らの根っこを見つめ、先祖帰りをしながらも同時代の音を鳴らす――そんなバンドであることを再確認させる。


同曲に上書きするように「CIRCUS DRIVE」が続く。2011年にリリースされたベスト・アルバム『NEW BLEED “HASH”』に収録されているナンバー。当初は配信限定で発表されていた過去の曲を現在の色に染め上げるというカヴァー“NEW BLEEDシリーズ”を同ベスト・アルバムのため、ボリュームアップされ、コンパイルしている。同アルバムで初めて同曲がCD化されたという。2009年からモッズは、その長いキャリアの中から厳選した楽曲を新録し「NEW BLEED」と題して、配信でのリリースを行っていた。スタジオで新録され、磨きをかけた楽曲達は各方面からも好評を博し、CD化を期待する声が多く寄せられた。ちゃんと、ファンはわかっているのだ。



同曲に続き、「ジャマをするな」(『YUM-YUM GIMME SOME』1987年)が披露される。モッズにとって転機となったバンコク(森山にバンコクへ行くことを薦めたのはジョー・ストラマーだった!)でリハーサルをし、ロンドンからケビン・モロニー(U2を手掛けたエンジニア)を迎え、東京でレコーディングされたこのアルバムはバックトゥールーツ的なシンプルなロックンロール・アルバムでもある。



そして1989年、バンドブームに沸く日本のロックシーンに投下された超弩級のアルバム『NAPARM ROCK』(1989年12月21日)。同アルバムに収録された「 HEY!! TRAVIS」が観客の心と身体を射抜いていてみせる。いうまでもなく、オープニングで流れた、映画『タクシードライバー』の主人公の名前はトラビスだった。


同曲を終えるとメンバーがステージから消える。アンコールを求める観客の歓声と拍手の中、メンバーがステージに戻って来る。1回目(笑)のアンコールの1曲目は岩川浩二を伴い、「ACE BOON 」を披露。1988年9月に発売されたアルバム『EASY COME EASY GO』からシングルカットされている。『YUM-YUM GIMME SOME』(1987年)と同じくバンコクでリハーサルを行い、今度は地元・博多のヒーコンスタジオでレコーディングされた。山善、藤井尚之や博多の友人ミュージシャンが多数参加したホームメイド感覚のプライベートなアルバムでもある。バックトゥールーツのシンプルなロックンロールをリラックスした雰囲気の中、演奏するというアルバムで、モッズの一つの方向性を示すものとなった。



アンコールの2曲目はJOHHNY&YAMACHANGが加わり、「 I WANT YOU BABY, TONIGHT」(1982年『LOOK OUT』 )、さらに3曲目は「ブルースに溢れて 」( 『HANDS UP』1983年)が披露される。4曲目は「BLACK DICE」(『HANDS UP』)が転がる。同曲はモッズとコルツによるコラボレーションのマキシシングル『SCARFACE A GO GO』(2017年)にも収録されている。まるで“Litlle Scarface”か。ワチャワチャして、楽し気、それでいて福岡のビート・オデッセイを共に辿る――地元の仲間達とのいかしたセッションはいつもモッズが戻る場所であり、彼らとの共演を目の当たりにして、それを改めて再確認させられる。




同曲を終える、モッズと仲間達はステージから消える。当然、アンコールを求める声はやまない。暫くすると、4人はステージに帰って来る。今度は森山、北里、苣木、佐々木がステージに並ぶ。2回目(!)のアンコールはニュー・アルバム『REVOLVER45 』 に先駆け、2025年9月10 日に配信リリースされた「HURRICANE HURRICANE」が披露される(当然、同曲のアルバムミックスが、ニュー・アルバムの2曲目に収録されている)。いうまでもなく、戻ってきたぜ  死刑台から 戻ってきたぜ  闇のフチから――と歌われる彼らの復活を高らかに宣言するナンバーである。この曲を歌うことができなければ、今回のコロナ禍、突発性難聴との闘いを経て、漸く辿り着いた境地、長い試練の時との格闘がなければ、45周年記念のアルバムのリリースやこのイベントを始め、この日のワンナイトスタンドなど、特別な機会は訪れなかっただろう。


同曲に続き、2回目のアンコールの2曲目として「ALL BY MYSELF」(『NEWS BEAT』1981年10月)を演奏した後、森山は“今年の秋と冬に会いましょう。心を込めて”と前置きして、2回目のアンコールの3曲目は、モッズが10周年の記念の年、1991年に自らのレーベル“スカーフェイス”を設立して、リリースしたアルバム『叛~REVEL』に収録された10年後の“TWO PUNKS”を歌った「LOOSE GAME」である。


1991年のデビュー10周年記念アルバム『叛~REBEL』には「LOOSE GAME」、2011年の30周年記念アルバム『LIKE OLD BOOTS』に「ROCKAWAY」、その5年後、2016年の35周年記念アルバム『HAIL MARY』には「STAY CRAZY」という自らを主人公に過去の歴史を振り返る“マイルストーン”のような名曲を生み出している。2026年6月21日にリリースされたデビュー45周年記念アルバム『REVOLVER 45』には「CRAZY HOT SUMMMER ’79」が収録されている。しかも1曲目、オープニングナンバーである。「TWO PUNKS」から45年、モッズのロックンロールサーガ(Rock’n’roll saga)は、ロック への誓いであり、誠意の証でもある。それはイノセンスな円環のようなものを描き、日本のロックシーンに確かな足跡を刻んでいく。




「LOOSE GAME」に続き、2回目のアンコールの4曲目は“ガレージに集まろう”と、呼びかけるかのように「LET’S GO GARAGE」(『LOOK OUT』1982年 )を畳みかける。同曲は1982年6月20日(日)に起こった伝説の“雨の野音”のオープニングナンバーだった。



同曲を終えると、メンバーはステージから消えるが、アンコールを求める歓声と拍手は当然、止まることはない。ほどなくして、メンバーがステージに現れる。そして3回目の1曲目のアンコールを「ゴキゲンRADIO」で締める。セカンド・アルバム『NEWS BEAT』(1981年10月)のオープニングナンバーである。



福岡と地続きのデビュー前後のモッズの雄姿を敢えて刻むかのように見せつける。福岡を代表するモッズの面目躍如だろう。『Hey! Two Punks The Mods : The Early Days 博多疾風編』をライブというリアルな形で体験する。地元・福岡でデビュー前の彼らを福岡のファンのために披露する、特別なライブーーそのことを改めて感じさせる。18時45分、モッズは“バイバイ、チャオ!”と、言葉を残してステージから消えた。



観客は名残惜しそうにステージを見つめるが、メンバーは戻ってこない。3回目のアンコールの2曲目はなかった。彼らが同じ場所の2階にあるサブステージへ戻って来るのは1時間後である。この日は福岡だけの特別な“アフター・パーティー”が用意されているのだ。



そのアフター・パーティついては“6/21に福岡でイベントを開催します!血走るような緊張感のモッズとは一味違うステージになる予感です。何故なら45年目のメモリアル・デイを皆んなと共にハッピーに祝いたいからです。Let The Good Times Rollで突き抜けましょう!もっと楽しみたいぜ、というBoys & Girls にはアフター・パーティーも用意しています。Hey! Two PunksのDJコンビに加えJohnny & Yama-Chang、そしてKozzy Iwakawaもスピンしてくれます。ロックンロール・シャワーでずぶ濡れになること間違いなし。Well, Let’s celebrate!”と、モッズのオフシャルに告知されていた。



実は昨2025年11月22日の福岡 「UNITEDLAB」のライブ後、アフター・パーティーとして森山・北里のHey! Two PunksコンビがDJで「音処しらいんがた」をヒートアップさせている。アフター・パーティーが開催されたのは福岡のみ。福岡でモッズを見る――これは特別の体験と言っていいだろう。



Hey! Two PunksのDJコンビに加えJohnny & Yama-Chang、そしてKozzy Iwakawaもスピンする――というアフター・パーティーは「UNITEDLAB」の階上、2F SPACE(サブステージに加え、ドリンクを注文できるメインバー、カフェラウンジ、物販エリアとして利用可能。雰囲気は学校の講堂にロンドンのクラブの雰囲気を加えたような作り)で開催される。6月21日(日)の19時45分、まずはTHE COLTS のJohnny & Yama-Chang、そしてKozzy Iwakawaが登場。ゴキゲンなロックンロールやR&B、ソウルなど、モッズファンの心と身体を憎いまでにくすぐるパーティーチューンで煽る。1時間ほどして、北里晃一が登場。彼がDJイベントの常連、他流試合(!?)的に様々なイベントに出演していることはファンにはお馴染み。この日はサンハウス、シーナ&ロケッツ、山善など、福岡の先輩や仲間の音源をかけ、思わず、観客をにやりとさせる。北里がスピンするサンハウスや山善は格別だろう。確実に福岡で受け継がれたものが可視化され、体験させてくれる。そこには脈々と流れる、「ヒストリー・オブ“福岡”ビート」の大河に溺れる。観客も嬉し気にはしゃぎまわる。


そして森山が登場。彼がDJを務めるというのはそうあるものではないだろう。むしろ、ラジオ番組のDJの方がお馴染みだろう。今回もニュー・アルバム『REVOLVER45 』 のプロモーションのため、福岡の放送局を中心に数多ラジオ番組に出演している。森山はいきなりステッペンウルフの「ボーン・トゥ・イーワイルド」をかけると、彼はそれをBGMにして、ヴォーカルを重ねる。レコードの音源をカラオケ状態にして、自らが歌う。意外な試みで驚くが、特に意識することなく、思わず、歌いだしたというところだろうか。それがいかにも彼らしい。同曲に続き、クラッシュの「トミーガン」なども歌われる(!?)。


沢田研二の「ダーリング」が流され、森山は“ジュリーはロックだと思います”と叫ぶ。会場で頷くものも多く、どこかで繋がっているのだろう。


森山はチェッカーズの「ジュリアに傷心」や小泉今日子の「学園天国」など、同時代を生き抜いてきた仲間達のナンバーをかける。


そしてRCサクセションの「雨上がりの夜空に」をかけるだけでなく、“(忌野)清志郎、生きていて欲しかったです”と、思わず、声をあげる。


意外な曲が掛かり、意外な発言の連発。寛いだ雰囲気の中、本音が飛び出したのだろうか。やはり福岡ならではアフター・パーティーである。その宴は22時近くまでに続く。


森山は“最高の夜、思い出になった”と、観客に伝え、“この辺にはうまい酒と美味しい物を出す、いい店がたくさんあるから、好きなところへ立ち寄ってください”と観客に伝える。“懐の寂しいやつは俺の名前を出して、つけで飲んでもいい”という冗談(!?)まで飛び出す。



こうして福岡の特別な夜は終わろうとしていた。しかし、この日は終わらない。北里は「苣木曰く“労働基準法違反な一日”」とSNSに上げていたが、メインステージ、サブステージ後、3ステージ目が待っていた。森山はアフター・パーティー後、「音処しらいんがた」で“ミッドナイト・セッション”を行っている。ドラムスがいなかったため、福岡在住で、ライブハウス「CB」のオーナーである、シーナ&ロケッツの川嶋一秀が急遽、電話で呼びした。いうまでもなく、彼らは昔からの音楽仲間であり、同じバンドのメンバーでもあった。その日、森山がホテルに帰ったのは翌6月22日(日)の午前3時を過ぎていたという。




福岡のミッドナイト・セッション――考えてみれば、彼らとの出会いも1979年7月28日(土)、29日(日)、福岡スポーツセンターで開催されたYAMAHA主催のバンドコンテスト「第6回L-MOTIONグランプリ大会」だった。同年7月29日に「Lモーション」で前1978年のグランプリ・バンドとしてモッズ、同年のグランプリ・バンドとしてザ・ロッカーズを初めて見ている。その日、福岡・今泉のライブハウス「徒楽夢」で開催された“打ち上げ”という名のミッドナイト・セッションにも当時、ショット・ガンのマネージャーで、モッズの初代マネージャーだった角田俊行さん(現ロッカホリック・スタッフ。『Hey!  Two Punks The Mods : The Early Days 博多疾風編』にも度々、登場!)のご好意で、その席にご招待いただいた。モッズの森山や北里、そして「L-MOTION」のゲスト審査員として出演した元サンハウス、当時シーナ&ロケッツの鮎川誠、元サンハウス、当時ショットガンの浦田賢一、そして山部YAMAZEN善次郎(彼は当然だが、「L-MOTION」の審査員としては出演していない)‥‥などが入り乱れる怒涛のセッションを目の当たりにしている。


その日から私の福岡通いが始まったと言っていいだろう。私自身は福岡出身ではなく、東京出身。しかし、1979年の“CRAZY HOT SUMMER”がなければ、彼らと出会ってなかったし、福岡発のビートミュージックの応援サイト「福岡BEAT革命」など、いまも福岡のロックに関わることはなかっただろう。



この日の3ステージ目になるミッドナイト・セッション――彼らは何も変わってはいないことを改めて再確認する。同時にその絆は深く、音楽を愛する心に一点の曇りはない。不退転や不撓不屈、そんな生き方が染みついている。やはり、福岡でのモッズを見ておいて欲しい。



モッズはこの秋からは全国11カ所を回るツアー『THE MODS 45TH ANNIVERSARY LIVE “REVOLVER 45”』を開催する。オフィシャルには“45周年というANNIVERSARY YEAR。俺たちは “REVOLVER 45” と題して、全国11ヵ所のツアーに出る。しばらく行けなかった地方の皆んな、待たせたね。あと何回、やれるかなんて俺たち自身も、神様にだってわかりゃしない。見逃す手はないよ!懐かしい顔を見せておくれ、一緒にロックしようぜ! On The Road Again! We’re Waiting For You At Every Venue.”という“決意表明”がされている。これは行くしかないだろう。“REVOLVER 45”を体験して欲しい。





THE MODS

ILLEGAL EVENT 2026"ONE TIME ROLL"

2026年6月21日 (日) 福岡「 UNITEDLAB」SET LIST



SE Taxi Driver - God's Lonely Man (End Title)

1. Pipeline

2. SWITCHBLADE JACK

3. が・ま・ん・す・る・ん・だ

4. CRY FOR THE MOON

5. CRAZY HOT SUMMER '79

6. What a wonderful world

7. C'mon Everybody(苣木)

8. Sheena Is A Punk Rocker(北里)

9. Garageland

10. WALK WITH ME

11. CIRCUS DRIVE

12. ジャマをするな

13. HEY!! TRAVIS


EC1

1. ACE BOON (KOZZY)

2. I WANT YOU BABY, TONIGHT( JOHHNY&YAMACHANG)

3. ブルースに溢れて

4. BLACK DICE


EC2

1. HURRICANE HURRICANE

2. ALL BY MYSELF

3. LOOSE GAME

4. LET'S GO GARAGE


EC3

1.ゴキゲンRADIO






















THE MODS 45TH ANNIVERSARY LIVE “REVOLVER 45”


2026.10.03(土) 浜松 窓枠


2026.10.10(土) 金沢 EIGHT HALL


2026.10.17(土) 熊本 B.9 V1


2026.10.24(土) 岡山 CRAZYMAMA KINGDOM


2026.10.31(土) 川崎 CLUB CITTA’


2026.11.07(土) 札幌 PENNY LANE 24


2026.11.14(土) 仙台 PIT


2026.11.23(月祝) 名古屋 DIAMOND HALL


2026.11.28(土) 大阪 なんばHatch


2026.12.05(土) 福岡 UNITEDLAB


2026.12.12(土) 東京 Shibuya LOVEZ




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モッズの前身、THE MOZZで森山達也と活動を共にした白浜久様がご逝去された。この7月20日、公式サイトを通じて発表された。享年69。残念でならない。白浜様は1957年3月18日生まれ。福岡県出身。西南学院大学文学部在学中に、THE MODS の前身バンド THE MOZZ のギタリストとして活動。大学卒業後、法務教官として就職し、非行少年の教育を行う。1985年、ソロ・アルバム『NONFICTION』でデビュー。1986年、石橋凌がヴォーカルを務めたロックバンドA.R.B.に3代目ギタリストとして加入。1990年にグループ解散後、福山雅治のデビュー・アルバム『伝言』をはじめ、多くのアーティストをプロデュースした。



モッズが森山達也、北里晃一、苣木寛之、梶浦雅裕という4人でデビューする契機になった1980年に石井聰亙(現・石井岳龍)が監督し、制作された映画『狂い咲きサンダーロード』。そのサウンドトラックのレコーディング(1980年4月3日に福岡の「スタジオ19」で録音)に森山、北里、苣木、梶浦、そして九州大学のキーボード奏者、Mr.ツルとともに白浜久様も参加している。その後、活動をともにすることはなかったが、彼も前後するが、1979年の“CRAZY HOT SUMMER”の渦の中にいた。

公式サイトには、白浜様のご親族が、以下のメッセージを書き込みしている。全文引用しておきます。


「ご報告


かねてより体調を崩しておりましたが、残念ながら白浜久は2026年7月18日午前8:22永眠いたしました。

葬儀は7月20日にて近親者で営みました。

1957年3月18日生まれ。69歳でした。


白浜久の音楽や言葉を愛して応援してくださった沢山の皆様に感謝と御礼申し上げます。

彼の残した音楽がこれからの皆様の人生の小さな灯りになれば嬉しく思います。


白浜久 親族より」




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