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約束の夜に蒼い炎が灯る――THE MODS 40TH ANNIVERSARY LIVE「約束の夜」

更新日:11月9日

あれから一週間が経つが、その余韻が冷めないという方は多いのではないだろうか。2021年10月30日(土)にTHE MODSが約束の地「日比谷野外大音楽堂」へ帰還、そして、その夜、「40TH ANNIVERSARY LIVE」という私達との約束は果された。



このコロナ禍のため、ここまで来るのは容易でなかっただろう。発表はされてないものの、中止や延期、変更になったイベントやリリースも多いはず。今年、2021年は彼らにとって、40周年という記念すべき年である。本来であれば、もう少し早く動き出していたかもしれない。しかし、この流動的で不安定な状況のため、確定を出せず、遅れてしまうのはしかたないだろう。彼らの40周年を記念する「THE MODS 40TH ANNIVERSARY LIVE『LET’S GET READY TO ROCK』」は10月26日(火)、宮城県・仙台のライブハウス「Rensa」から始まった。そして、30日(日)はそのスペシャル版とでもいうべき、「THE MODS 40TH ANNIVERSARY LIVE『約束の夜』」だったのだ。

当日のセットリストなどは、まだ、同ツアーが11月23日(火・祝)に大阪 「BIG CAT」、 27日(土) に名古屋「BOTTOM LINE」、 12月5(日)に福岡「DRUM LOGOS」と、公演が控えているため、明かすことはできない。そのため、曖昧で匂わす記述に隔靴掻痒となるかもしれないが、お許しいただきたい。行かれる方にとっては知らないことで、楽しみが増すというもの。

同公演は直前、10月1日に「緊急事態宣言」は解除されたが、HPには“内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室の『基本的対処方針に基づく催物の開催制限、 施設の使用制限等に係る留意事項等について』に従い、『大声での歓声や声援がない公演』として 会場収容人数50%以下のキャパシティ設定にて開催いたします”とあり、“必ずご購入前に【ご来場のお客様への注意事項】をご覧下さい。”と、注意喚起されている。このところ、感染者が激減しているものの、予断は許さない。少しでも気を許せば感染拡大やクラスターが待っている。制約や規制のある中での開催は妥当な対応ではないだろうか。

会場でも手指の消毒や間隔の確保などが履行される。当然の如く、観客もそれに協力し、感染拡大、クラスターを発生させないため、細心の注意を払う。飲食店やイベントの規制の段階的解除によって、会場の売店では酒類も販売されていたが、大酒を呷り、酔いつぶれているものはいない。当たり前だ。THE MODSのために何をして、何をしてはいけないかを熟知しているのだ。

開演時間の午後6時を少し過ぎると、ステージにはメンバーではなく、イベントを主催するHOT STUFFの担当者が出て来て、改めて今日のライブの注意すべきことを説明していく。アナウンスや掲示板だけでなく、ちゃんと言葉にすることで、バンドやスタッフがこの“約束の夜”を文字通り、“約束の夜”にするため、いかに腐心しているかが伝わる。

担当者がステージから降りると、いつもなら“MODS CALL”が彼らを迎い入れるが、この日ばかりは声援はなく、手拍子が始まる。しかし、バラバラだった拍手が自然と2拍を叩き出し、その拍手はそのまま、MODS、MODS、MODS……という風に木霊していく。拍手のみの無言の“MODS CALL”に思わず胸が熱くなった方も多いのではないだろうか。メンバーが登場し、彼らの反逆の狼煙とでもいうべきナンバーが放たれる。

あとは、怒涛の如く、この時代と対峙するナンバーが続いていく。ある方が攻めたセットリストだと、後日、呟いていたが、まさにその通り。40周年記念の懐メロモードは一切、ない。暫く、レイドバック時期が続いた彼らが世界や社会の悪化とともに最前線へ返り咲いた時代を彷彿させる。戦闘姿勢などというと、穏やかではないが、森山達也が長かった髪を切り、ワックスで頭を固め、ステージに現れた“アスファルト・ジャングルの上の独立記念日”を思い起こした方は多いだろう。彼らの大きな決意を感じさせた。40周年のライブを始めるにあたり、リリースした新曲「READY TO ROCK」もそんな歌ではないだろうか。この日、演奏された同曲はその時代のナンバーと共振していく。

途中に森山がエドワードジャケットを決めた“JOKER TIME”や苣木裕之、北里晃一のパートを挟み、緩急をつけるあたりはベテランの風格と言っていいだろう。最年少の佐々木周も口うるさい先輩にもまれ、気持ちいいリズムをキープしていくようになった。40周年など、途中経過か、齢60を過ぎても伸びしろがある。それがTHE MODSというものだ。

知らぬ間に時間は過ぎる。彼らのデビューを飾った“明日への讃歌”とでもいうべきナンバーを歌い終えると、メンバーはステージを去っていく。アンコールを求める拍手が鳴り響く中、客席にはサイリウムの蒼い炎が灯る。その数は少しずつ、増えていく。THE MODSにペンライトが相応しいかはわからないが、その日に限って言えば、それはとても幻想的な風景に見える。

森山はサイリウムが瞬く客席を見て、アイドルって、こんな感じなのか、と笑顔で語る。そして、レコードが発売されてから人前で初めて披露するナンバーを歌う。当然、曲名は明かせないが、まさにいま歌うべき曲であることだけは伝えておく。楽しみにして欲しい。

そして2度目のアンコールのラストナンバーはTHE MODS達とKIDS達の歌である。野音で合唱のない同曲を聞いたのは初めてかもしれない。誰もが心の中で、その歌詞を口づさみ、時代というやつに拳を突き上げる。この日、幸いなことに雨は降らなかったが、もうひとつの“伝説の野音”になったのではないだろうか。

心地いい風が火照った身体を鎮め、虚ろな風景を煌めくものに変えながら吹き抜けていく。ライブはバンドだけで成立するものではない。バンドとスタッフ、そしてオーディエンスが一つになる。その瞬間を目の当たりにする。

約束の夜は事故なく、やり遂げることができた。規制退場の中、会場から押し出されたオーディエンスがフェンスの向こうのオーディエンスとの“邂逅”を喜び合う。入場者数がキャパシティの50%に制限されたため、チケッチを入手できず、それでもその場にいたくて、野音に駆け付けものがいっぱいいたのだ。その光景は、とてもかけがえのないものに見えた。

野音から駅へ向かう道すがらサイリウムを持っていたカップルに声をかける。それは自分達が持ってきたものではなく、入場を待っていたらサイリウムを配っていて貰ったものだという。そのサイリウムにはアンコールの際に出して欲しいとメモが付けられていた。後日、改めてスタッフに確認すると、それはイベンターやプロダクションが準備したものではなく、“有志達”がこの夜のために用意したものだった。また、手拍手の“MODS CALL”も同じく“有志達”が発案し、試みたものだという。

約束の夜には、そんなドラマも生まれている。THE MODSがロックし続け、それを支えるKIDS達がいる――ロックは大丈夫と、改めて心に刻む。既にチケットはソールドアウトらしく、当日券も出るかわからないが、もし、機会と運があれば“GARAGE WONDERLAND”へ足を運んで欲しい。


なお、会場のスタッフ(会場整理)が着ていたTシャツは1982年の野音(1982年6月20日、日比谷野外音楽堂で開催されたデビュー1周年記念コンサート。いわゆる伝説の“雨の野音”である)をイメージし、黄色のものにしたそうだ。THE MODSのHPで当時の写真を見ると、黄色のTシャツを着たスタッフが写っていた。そんな拘りも彼ららしいところではないだろうか。


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